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140文字つぶやくのに2時間かかる≒10km走るのに2時間かける!?

毎朝丹念に
読み込んでいる本の
著者がこう言ってました

ツイッターで140文字つぶやくのに2時間かかるんですよ。
わたし、向いてないんですね。

本を読み込んでいて
この言葉に納得です

そんな著者が書いた本だから
丹念にじっくり舐めるように
読み込むことができるんですね

著者が
どんな思いで
書いているのか
わかるような
気がしてきます

いい本は
書くように
読み込める

一文字一文字
句読点やら
行間やら
すべてに
意味が
読み取れます

いい本ってのは
いいですね〜!

ジョグトリップも
そうありたいですね

一歩一歩に
大切な意味があって
ゴール後に振り返って
あぁあそこが良かったな
って反芻できる

そして
また走りたいなぁ
って
思ってもらえる

そんな
ジョグトリップで
ありたいなぁ

飛ぶ鳥のように、行き交う光のように!

けさも
心静か三昧

静かに座っていると
重心あたりで
エネルギーが
充填されては
放電されてって
繰り返されます

どうも
人間の体は
エネルギーの許容量が
小さいみたいなんです

そして
人間の脳も
私たちが本来持っている
心(?)のエネルギーを
受け入れる許容量が
小さいみたい

障害者って言いますが
人が本来持っている力を
100%発揮できない
という意味で言えば
人はすべて障害者
関連言の葉リンク

あなたも
わたしも
あの人も
この人も
すべての人が
障害者だとしたら

ほんとうは
飛ぶ鳥のように
行き交う光のように
自由に時空を駆けたいんです

でも
体の自由が利かないので
せめて
歩いたり
走ったり
泳いだり
自転車乗ったり
自動車乗ったり
飛行機乗ったり

速さへの憧れって
高さへの憧れって
そんなところから
来ているのかもね

自由にならない
体や脳だからこそ
できるだけスムーズに
動かしてあげたいなぁ

今の
わたしたちの
体や脳が
できるだけ
スムーズに動けて
そして
心ができるだけ
自由になれると
いいなぁって
思います

そして
ジョグトリップが
そんな場になれば
いいなぁって
思います

居心地いいかなぁ?

きのうの朝
ジョギングしながら
昔のポッドキャストを
聴き直していて
ふと
心に留まった言葉

居心地がいい

立ち止まって
巻き戻して
聴き直したほど

そうだ
居心地がいい時間
居心地がいい空間

そんな
時間や空間を
ジョグトリップでは
提供したいんだ
って
改めて思いました

走ってて
休んでて
話してて
居心地がいい
ジョグトリの場!

居心地いいです?

なぁんか魂が入ってない一日

一昨日
お酒飲んで
友達んち泊まって
昨日の朝
家に戻ってきて
そのままぼんやり
一日を過ごしました

”徳川家康”を読んでも
ただただなんとなく
時間が流れているだけで
なぁんか魂が入ってないみたい

どうやら
朝一番の
心静か三昧を
抜かしていたせいかも

心静か三昧すると
重心あたりに
重心
熱というか
エネルギーというか
そんなのが
注入されてきて
宇宙戦艦ヤマトの
波動砲みたいに
”エネルギー充填100%!”
って感じになります

なんというか
気が入るというか

そしてこれが
気持ちいいんです

そして
気の持ちが良いんです

ほぼ一日
バッテリーが持ちます
って感じ

ジョグトリップでも
数時間から十数時間
ゆっくり走って
気の持ちが良い時間に
浸ってもらいたいなぁ

エネルギーを
消費する場じゃなく
エネルギーを
充填する場

そんな
ジョグトリで
ありますように

立ち読みのほうがいいみたい!?

先日図書館で
本を探しながら
立ち読みしてて
ふと気づきました

立って読んでる方が
集中して読めるみたい

家の部屋で
イスに座って
本を読んでても
ついつい
だらけた姿勢になって
そのうち
寝っ転がって
そのうち
ウトウトしてしまう

これって
だんだんどんどん
姿勢が悪くなってる

ところが
立って読んでると
逆に疲れないんですね

変な立ち方してたら
ちゃんと立てないので
ついつい
姿勢良く立ってしまい
姿勢が良いと疲れないので
集中して本を読めるみたい

ここ一ヶ月の
私のテーマは
姿勢

姿勢良く立つ
姿勢良く歩く
姿勢良く走る

一ヶ月も続けてると
だんだんどんどん
できていってる
気がしてます

進捗してるのか
迷い路してるのか
わかりませんけど
一日一日
歩みは続けてるかな?

続けてこそナンボ!

ジョグトリもそうかな?

じわぁっとくる本の読み方!

以前
ランチを食べながら
そこのマスターと話ししてて
どんな本を読んでいるかって
話になって
そのマスターがこう言いました

本の中身を読まなくても目次だけ見れば内容はわかるんですよ

そのときには
あえて否定はしませんでしたが
この説には
当時も今も同意しません

どうして
こんな昔の話を
思い出したかというと

”世界一幸福な本にしたい”
と思っている本の
何度目かの読書で
序章を舐めるように読み終わり
次に
普段だと飛ばしてしまう
目次に差し掛かったとき
その目次を読み飛ばせない
そんな経験をしたからです

じっくり読み込んだ後に
また目次をじっくり読めば
その本の内容がもっとわかる
ってことに気づいたんです

目次を俯瞰的に眺めながら
本の内容を思い出しながら
目次をじっくり”読み込む”

54年生きてきて
こんな読み方したの
初めてです

これが
どうも
いいみたい

なぁんか
じわぁっと
くるんですね

目で読むだけじゃなくて
記憶を蘇らせて
反芻する感覚

これって
いいみたい

これ書いてて
落書きゼッケンのこと
思い出しました

ジョグトリの道の上で
油性マジックで
ゼッケンに落書きして

そして家に帰って
そのゼッケンを見て
記憶を蘇らせて
反芻する感覚

一粒で二度おいしい
みたいな

コレよくない?
よくないコレ?

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